自然の力を分けてくれる天然石

昔からなぜか天然石が大好きです。
ネックレスや指輪、ブレスレットにするために小さく丸く加工されたものも好きですし、置物として原石をカットしただけのものも好きです。
自然のものはなんでも心を落ち着けたり、癒してくれる効果があると思います。
観葉植物や切花と違い、石は枯れるという変化がなく水をやる日に当てるという世話を必要としません。
めんどうくさがりの私にはこれはありがたいことなのです。
今一番気に入っているのは、小さなたまご型にカットされたつるつるしたきれいな水晶で、これをふたつジーンズの両ポケットにそれぞれ入れて持ち歩いたりすることがよくあります。
お守りというほど大げさな気持ちではないのですが、なんとなくそういうことをしています。
お守りだと思う自分の気持ちが少し恥ずかしいのかもしれません。
大きさはぎゅっと握り締めると私の小さな手のひらにすっぽりと収まるくらいで、とても可愛らしい感じがします。
その冷たい手触りや硬い感触が手のひらに心地よく、ガラス玉なんかとはまるで違う独特の重みが手にずっしりと感じ取れて不思議な安心感を感じることさえあります。
昔連日の悪夢に悩まされていたころ、天然石の効果を調べて、悪夢を払うといわれる赤瑪瑙を買ってきて枕元に飾っていました。
薬でいうところのプラセボ効果と同じかもしれませんが、そうしていると石が自分を守ってくれてもう嫌な夢を見ないで済むような気持ちになったものです。
天然石のお店で好きな石を選んで指輪などをたくさんつくりましたが、友だちや妹などにどんどんあげてしまうので、いくら買ってもいつのまにかなくなってしまいます。
好きなものでその効果を信じていると、ついついこの友だちにはこの石をといった気持ちであげたくなってしまうのです。
いちいちそういう石の効果を説明してあげているわけではないので、もらった方はそこらへんに放置して忘れてしまっているかもしれませんが、私はそれでもいいと思っています。
友だちの元にその石があるだけでいいような気がするのです。
まさか捨てることはないでしょうし。
携帯電話のストラップにつけている勾玉型の天然石の飾りが何かにぶつかって先が欠けてしまった時には、それを嘆くというよりも、この石が何かの災厄を私の代わりに受けてくれたのに違いないとか思ってしまいます。
およそ現代人としては、恥ずかしい思考回路かもしれないですし、だからあまり人に話したりはしませんが、自分の中ではこうして天然石を大切に思い大事にすることで、石も自分に答えてくれて守り支えてくれるのではないかという思いが正直言って強いです。